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一昨日ですが、通勤電車の中で涙を零しそうになりました。
そんなニュース見たくなかったよ…。
ZABADAKの吉良知彦さんの訃報でした。
信じがたいですが、信じなければならないんですよね。
ZABADAKには高校生の時に出会いました。
それまでTVや巷で流れているような歌謡曲しか聞いたことのなかった私には大きな衝撃でした。
好きな音楽と言うのは、流行りだとか、ミリオンヒットだとか、皆が聞いているからとか、そうことじゃないと教えてくれました。
心に風景が広がるというか、吉良さんのメロディも上野さんの歌声もすべてがすとんと私の中に入って来たのを覚えています。今まで聞いてきたものは何だったんだろう、って。本当、言葉では書けません。ボキャブラリが足りません。
その時持ってるだけのお小遣いでCD全部買ったんです。
当時はネットなんてものはなかったので、コンサートやライブのチケットは、「チケットぴあ」の雑誌を見るか、新聞の下欄の広告とかで告知されるもので。
緊張で震える手で電話をかけて、何回目かでやっと繋がって。人生初めて自分でチケット取って、聞きに行ったコンサートがZABADAKでした。友達と二人で何を着ていくか大はしゃぎして、電車に乗って千葉の片隅の高校生が中野サンプラザまで行くのは、本当冒険でしたよ。
今でもあの感動をはっきり覚えています。後ろから二列目の席でした!
2回目のコンサートが「のれん分け」で上野さんが脱退されたのは残念でしたけれど。日比谷公園行きましたよ。
ファンクラブに入ったのも、後にも先にもZABADAKだけです。
吉良さんお一人の活動になったばかりの頃でしょうか。今だから話せる恥ずかしい話を一つ。
私は夢を見ました。
吉良さんとお出かけする夢を。何故か二人でエスカレーターに乗っていたことだけを覚えております。
実際、芸能人とか有名な人とお付き合いしたいとかそんな願望一切持たない性格だと思っていたのに、その夢を見て、目が覚めてびっくりした自分がいました。
その数日後に、小峰さんとのご結婚のご報告があって、がっくりしたのは良い思い出というか、笑い話ですよね。
ここ最近は申し訳ないですが、ZABADAK自体のライブとかには足を運んでなかったのですけれど。メトロファルスのライブの時のゲストによく来ていらして。
素敵なギターやトークを聞かせていただきました。
青春だったんです…。
一番多感だった年齢の時に出会えて良かった。
今の私を作ってくれました。
ZABADAKに出会えたから、その後色んな好きなミュージシャンに出会えて。
その繋がりで現在に至るお付き合いしてくださるお友達も増えて…。
ああ、本当に信じたくない。56才なんて若過ぎです。
電車で泣きそうになって、仕事行っても、一日上の空で、頭の中は色んな曲が頭の中でリフレインしていました。職場の皆さん、ごめんなさい。
今もCD聞きながら、書いています。
半分涙が滲んでいます。
本当に吉良さんに心からの感謝を。
どれだけの言葉を尽くしても足りない感謝を。
ありがとうございました。
夏コミもスペースいただけたので、頑張らなきゃいけないと思いつつも。
新年あけましておめでとうございます!!
17日も過ぎてしまいましたが、改めましてご挨拶申し上げます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
いやあ、今年はですね、武田スキーとしてどうしても大河ドラマ見なくちゃいけないよな、と思いまして。
はい、先週からテレビの前に正座して見ておりました。
高木渉さんには驚きました。OPをきちんと見ていなくてね、何か途中でこの人気になるんだけど、と思っていたら、後程高木渉さんだと知って、私のセンサーは間違っていなかったことに、また驚きましたよ(笑)。
いや、内野さんは山本勘助だ、高嶋さんは家康だ、なんて過去の大河を思い出してしまうキャストはどうかな、とは思いましたが、これはこれでいいかも。
勝頼様が、勝頼様が…。素晴らしい! 私、泣きそうだったよ!
次週が天目山なんてもったいないですって。
これはタオル用意が必至の号泣だな、なんて思って先程二話目見ました。
えー、昌恒出ないの…かよぅ! 北条夫人は?!
土屋昌恒が千人斬りしてくれないなんて、勝頼様がお一人で可哀相じゃないですか!?
彼は勝頼様の近習で、最後まで勝頼様に従って織田の追撃を振り払うべく奮戦したのです。そのあまりの鬼神ぶりに、後代に『昌恒片手千人斬り』と称賛されました。
すっごいそのシーンに期待していたのですが。無かったよ…(泣)
今日の内野さんは、何だか西田敏行さんを意識していないかい?
史実に忠実なら、佐助を出すのはまずいんじゃないですか?
はい、そんなわけで。
武田スキーの心の叫びでした。武田滅びてしまいました…。史実は如何とも曲げられませんので、ドラマで滅びてしまうのは仕方のないことですが、やっぱり寂しいですよね!!
ほぼ毎年、信玄公祭りに行ってしまう武田スキーの私は、他の漫画やゲームとかでもやっぱり武田スキーなもので。
BASARAやってても、つい武田軍のメンバーのレベルがぶっちぎりに高かったり。だって、使いやすいんですもの。武田漢道場も大好きです。歴代作品やってきて、武田軍以外のキャラでやってる時は、泣きながら武田軍撃破してましたよ。2だったかの、長篠ステージなんてもう半泣きでした…。武田騎馬隊怖いけど、あれに銃弾打ち込むのにすごい心の葛藤が! ごめん、秋山! ごめん、土屋! ごめん、山県! ごめんなさい、典厩殿ー! って、心中叫びまくりでした。
ゲームだっていうのにさ…。ゲームだって心が痛んだのさ…。
その代り、三方ヶ原では、心置きなく徳川を叩きます! その昔、仕事で浜松に行った時、上司が運転する車の中で三方ヶ原を通り過ぎた時、心の中で奇声を発していたのは私です。
やーい、家康のう○こたれー!!
すみません、今日の勝頼様の最期にどうしても心が動揺しておりました。
そんな私の武田家中でのお気に入りは、馬場信春です。
そう言えば、長篠古戦場を調査したところ、銃弾が全く発見されないから、馬防柵・三段火縄撃ちはなかったんじゃないか、という説を読んだことがあるのですが。それは短慮じゃないですかなぁ。
どこでも合戦の後は、刀や鏃の回収はしましたので、銃弾だって拾って歩いたと私は思いますよ。だって金属は貴重なんだし、近隣の人達の収入源だったわけですし。
話を大河に戻しますと。
『風林火山』だった年に信玄公祭りに行きましたところ、「今年は盛り上がっているだろうな」って思いつつも普通に行きました。そしたら、内野さんと亀治郎様(今は猿之助様ですね)が来ていらっしゃって。来てるとは思っていなかったもので。間近で、本当に目の前で手を振っていただきました良き思い出が。お写真も撮らせていただきました。その節は、ありがとうございました!!
当時の職場で内野さんの大ファンの方がいらっしゃって、すっごく悔しがられたのですよ(笑)。写真もデータでお渡ししました!
やっぱり、私の中では内野さんは家康じゃなくて勘助です!!
祭りは毎年結構な役者さんが信玄役で出演されていますが、その中でもぶっちぎりで格好良かったのは、北村一輝さんです!!
『黄色い悲鳴』という表現がありますが、本当に悲鳴って黄色いんだなぁ、って実感させてくれたのが北村さんです。
パレードの時に、だんだん近づいてくるにつれて、女性の悲鳴が大きくなって聞こえて来たんですよ。あまりの格好良さに!! 私も思わず悲鳴を上げそうになりましたけどね。近くにいた小母様方が、「今年の人は若くて貫禄ないわよね」なんて始まる前は言っていたのに、もう目の色変えて叫んでいましたよ!
よし、今年も行きたいな、信玄公祭り。今年は陣内孝則さんだそうです。わあ、見たいなぁ!!
武田を語ると長いので、この辺りで。
今日のタイトルは。
もちろん筋肉少女隊のあの名曲ですが。
史実といろんなドラマや漫画や小説やらゲームやら。混ぜたら危険ということで。友人達にはよく「頭の中で混ざらないの?」って言われるのですが。大丈夫です、混ざりませんから(笑)。
あれは、あれ。これは、これ。
そういえば私が大好きなバンドのライブに行った時に、ゲスト出演で大槻ケンヂさんがいらっしゃったことがありまして。これまた、本当に目の前での(狭いライブハウスですから)大槻さんのシャウトに魂持ってかれそうになりました。これもまた良き思い出です。